都立園芸高校の初代校長:熊谷八十三翁の功績

熊谷八十三翁の功績

桜100年にむけて
日本外務省はホームページを開設された。うれしいことである。咢堂翁が桜を贈られたことで、日米親善友好は促進されたのですから・・・。
桜の役割は大であったのですから・・・・。

その桜を育てられたのは静岡市興津にある農林省興津農事試験場。本場西ヶ原の場長古在由直氏は興津の技師:熊谷八十三に命じて育苗させた。
熊谷氏はのち場長に昇格。

アメリカは後年、熊谷八十三技師のご努力を讃え感謝状を贈っている。
熊谷八十三さんは、都立(当時は府立)園芸高校の初代校長に就任されていたが、サクラ苗をそだてることで、興津に転出。
と、園芸高校の教員に伺った。そのご縁で、ハナミズキ原木を2本も、園芸高校に贈られたのでしょうと、いわれた。

今も、ハナミズキ原木は、都立園芸高校で健在である。
これは熊谷八十三翁の功績大とするところであり、園芸高校がハナミズキ守りをしてこられたご努力には感謝もうしあげる次第です。
興津試験場には、八十三翁の胸像が鎮座されているとのこと。
是非、拝顔したいものです。

●(出典・・・・憲政資料室の熊谷八十三関係文書より)・・・以下
 熊谷八十三 (くまがいやそぞう)
  生没年 1874−1969
  1874.10.13東京生まれ。1900.7東京帝国大学農科大学卒、1900.8同助手、  1901.9愛知県立農業学校教諭、1908.2東京府立園芸学校長、1909.7同免、  1909.8農事試験場技師、1923.1園芸試験場場長、 
  1924.12〜41.12西園寺公望秘書兼執事、1941.12〜45.6立命館大学文庫長兼  西園寺文庫長、1962.2ワシントン市への桜育樹の功により米国政府より表  彰、1969.10.22死去。