都立園芸高校校長 千谷順一郎さんの功績

ハナミズキは日米親善の花木、間もなく渡来100年を迎える。

ハナミズキの並木道、公園などを 探訪していると、
都立園芸高校の校長千谷順一郎さんの功績をおもう。
初代校長の熊谷八十三翁に続くほどの人物のようにおもわれる。
ハナミズキ中興の祖といってもおかしくないほどの、花水木の普及に貢献なさっておられる。
もっとも、このハナミズキの普及を陰で支えておられるのは、都立園芸高校の場長:庭野省三先生であろう。
ハナミズキの幼木
ハナミズキの原木

 かつて、秋葉広島市長は、ハナミズキの発芽率はきびしい、といわれた。アメリカ市民や在米の被爆者から送ってくるハナミズキの種を発芽させようとするが、厳しいとのことであった。
ところが、庭野省三先生は、実生からの発芽は難しいことではない、とさらりと言われた。広島市の担当責任者は、植物学を専攻なさっておられたが、空輸されてくるなかでの種子に異変でもおきるのであろうか。それとも、経験の差がそのような発芽率の大幅な違いにさせているのであろうか。
 千谷校長、庭野場長の両先生はそれぞれに植物の本を出版されておられる文化人でもある。