ハナミズキの繁殖・・・功労者 :島崎幸吉翁

ポトマックの桜は 2012年に
100周年を迎える。

ポトマック桜の返礼で
アメリカ合衆国
日本にハナミズキを贈ってこられた。

このとき戴いたハナミズキを、私たちは原木とよびあっている。

東京の中野ハナミズキの会は、
ハナミズキを讃える活動をされている。

1915年当時の東京市
その原木を
羽根沢苗圃や
野方苗圃に植えた。アメリカの親善友好の精神を大切にしたかったのである。

そのスピリットを枯らしてはならない。
  命あるものは いつかは死がおとずれる。
  ゆえに、ハナミズキの繁殖を考えて、苗圃に原木を植えた。

《 ハナミズキの育苗は野方苗圃が一手に引き受け繁殖に成功。その技術というのか技能は、東京都の技師 島崎幸吉さんと聞かされてきました。 》
井出和夫さん(元公園緑地課長)から 昨日、お便りを頂いた。
貴重な証言である。

 日米開戦後、ハナミズキは敵性の樹木、と みられ、
切り倒されたのもあったとのことだ、が野方苗圃で黙々と繁殖されてこられた職員がおられたことは、感動である。


●岩淵文人氏(元玉川学園資料室長、元中野区江原地域生涯学習館館長)の
ご研究による『国立療養所中野病院と野方苗圃の年表』がある。

それによると、野方苗圃は、以下。
明治43年 ワシントンに最初の桜贈られる
大正1年  二回目の桜贈られる

大正4年  桜の返礼のハナミズキ他贈られる
大正9年  野方苗圃正式開園
大正12年 ハナミズキ他苗木出荷

昭和12年 ハナミズキ再度日本へ贈られる
昭和25年 患者の手により植物目録つくられる
昭和27年 アメリカより平和の苗木贈られる
昭和30年 植物分布図作られる(国立療養所植物グループ)
昭和43年 都市計画 北江古田公園造られる
昭和46年 都立北江古田公園開園
昭和60年頃  遊水池の為 植物移転
昭和62年 中野区に移管

●岩淵文人氏の御調査による東京都野方苗圃を以下に転記させていただきたい。
かつて私は中野区役所を訪ね、野方苗圃を係りの職員にお尋ねした。野方苗圃を知らなかった職員がおられた。このような状況にあるので、岩淵文人さまのご研究を一部、紹介させていただきたいとおもいます。
ご冥福をおいのりすることとは、世の人々に、先人の岩淵文人氏のご研究を埋めることなくすることかと・・・公開のお許しをお願いもうしあげます。

東京都野方苗圃
場所 当初東京府東多摩郡野方村江古田寺山 東京市療養所構内空閑地
現在 東京都中野区江古田3丁目
面積 12、000坪
名称 設立当時の地名による
設立 大正9年(1919)
所属 東京都公園緑地部(昭和32年当時)
目的 苗圃  潅木を主とした増殖育成
用途 公園植樹 街路樹 一般公共空地用